ウイズ理事長
知子さんのお部屋

長崎の旅


娘と1泊の急ぎ足で長崎へ行ってきました。今回の目的は、いまだ行ったことがない長崎原爆資料館へ行くことでした。資料館ではボランティアガイドの方に説明して頂きました。
1945年昭和20年8月9日11時2分に原子爆弾の被害を受け死者73884人、負傷者74909人の被害を受けました。長崎に投下された原子爆弾はプルトニウムが核分裂する時に発生するエネルギーを利用したもので熱線・爆風・放射線が出る兵器です。原子爆弾は一瞬にして都市を壊滅し、幾多の尊いいのちを奪い、たとえ一命を取りとめた被爆者にも、生涯癒すことのできない心と体の傷跡や放射線に起因する健康被害を残しました。

「長崎原爆資料館学習ハンドブック」には、『長崎はどういう街? なぜ長崎に落とされたのか?』などの説明が書いてあります。その中に『 Q:日本に落とそうとした理由は? A:アメリカが日本に原爆の投下を決定した理由は、多くの開発費や労力を投入して完成させた原爆を実際に使用し、威力を調べたかったからという説、戦争が長引いて日本上陸作戦を行うと多数のアメリカ軍の兵が犠牲になるので早く日本を降伏させるために使用したという説、ソ連に対する戦争後の立場を優位にするために使用した説などがあります』と書かれています。
一人の人の命より国家の威力・権力を示す方が大切なこと・・・あり得ない。こんなにも悲惨でむごいことがあったにもかかわらず、現在の日本は、相変わらず原子力産業を進めようとしている・・・。何のために???

原爆資料館の隣に国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館があり、そこにも足を運びました。追悼空間には亡くなられたすべての方の冥福を祈るとともに、永遠の平和を願う場所で、正面の名簿棚には原爆死没者の氏名が登載した名簿が納められており、この名簿棚の方向に原爆落下中心地があるとのことです。
折角行った長崎なので、グラバー邸・大浦天主堂・亀山社中・諏訪神社も廻ってきました。島と海と坂に恵まれた長崎は、とても印象的な素敵な街でした。

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